🍣 携帯性と粋の文化が生んだ革命:寿司の巻物の歴史
現代の寿司文化において不可欠な「巻物」、すなわち海苔巻きは、日本の食文化の大きな転換期である江戸時代中期に誕生しました。それまで主流だった「なれずし」のような保存食としての寿司から、「早ずし」というファストフードとしての寿司へと進化する過程で、巻物は携帯性と利便性という新しい価値をもたらしました。
I. 誕生前夜:海苔と「早ずし」の進化
巻物が誕生するには、2つの文化的・技術的背景が必要でした。
1. 海苔の工業化(17世紀~18世紀初頭)
- 海苔の養殖と普及: 江戸時代、享保年間(1716年~)に品川などで海苔の養殖が始まり、浅草で**「板海苔(シート状の海苔)」**の製造技術が確立しました。
- 板海苔の登場: 和紙の漉き方を応用して作られた板海苔は、**「物を巻く」**という機能を生み出し、巻寿司成立の前提条件となりました。海苔は江戸の特産品として庶民に普及しました。
2. 「早ずし」への転換
- 寿司の変遷: 寿司は元々、魚を米飯で発酵させる保存食(なれずし)でしたが、江戸時代には米酢を使って発酵を短縮し、すぐに食べられる**「早ずし」**(押し寿司や後の握り寿司)が主流となります。
- 江戸のファストフード: 早ずしは、江戸の職人や庶民が仕事の合間に手軽に食べられるファストフードとして人気を博しました。
II. 巻寿司の誕生と普及(江戸時代中期〜後期)
巻物は、早ずしの時代に誕生しました。
- 初出(1750年頃): 巻寿司が文献に初めて登場するのは、寛延3年(1750年)刊行の料理書**『料理山海郷』で、ここで「巻鮓」**として紹介されています。
- 初期の形態: 当初は海苔だけでなく、和紙やフグの皮などで酢飯や具材を巻く試みもされていたようです。具材も多様でしたが、初期には卵焼きを巻いた「玉子巻」なども存在しました。
- 一般化(1780年代): 18世紀後半から19世紀初頭にかけて、複数の料理書に具体的なレシピが掲載され、巻寿司は広く一般化しました。
- 江戸: 具材を少なく、すっきりと巻いた細巻が「粋」として好まれる傾向がありました。
- 関西: 複数の具材を豪華に巻く太巻が好まれ、早くから流行しました。
III. 現代に繋がる定番巻物の誕生(明治以降)
庶民の間で巻寿司が広がる中で、現代でも馴染み深い定番の巻物が誕生します。
1. 鉄火巻き(てっかまき)
- 成立時期: 明治時代の中葉以降(19世紀末頃)に普及したとされます。
- 由来: 江戸時代、賭博場は**「鉄火場(てっかば)」**と呼ばれていました。ギャンブラーが勝負の合間に、手を汚さず片手で手軽に食べられるよう、マグロの赤身などを芯にした海苔巻きが考案されました。これが「鉄火巻き」と呼ばれるようになった説が有力です。
2. かっぱ巻き(きゅうり巻き)
- 成立時期: 比較的歴史が新しく、太平洋戦争前後(昭和初期〜戦後)に考案されたとされます。
- 由来:
- 食糧難説: 戦後の物資不足の中、新鮮なきゅうりを寿司種として利用できないかと考え出されたという説があります。
- 河童(かっぱ)説: きゅうりが河童の好物であるという伝承や、きゅうりの輪切りの断面が河童の頭の皿に似ていることから名付けられたという説があります。
IV. 世界への広がりと進化
- 裏巻きの誕生(1970年代): 巻き寿司は、特に1970年代以降、アメリカで独自の進化を遂げます。西洋の消費者が「黒い紙(海苔)」に抵抗感を示したため、海苔を内側に入れ、酢飯を外側に出す**「裏巻き(Inside-Out Roll)」**が考案されました。
- カリフォルニアロール: この裏巻きの代表例がカリフォルニアロールであり、巻寿司は日本国内だけでなく、世界中に広がる国際的な料理へと変貌しました。
巻物は、古くは簡素な食事として屋台などで提供された後、特別な日のご馳走(ハレの日)として家庭にも広がり、現代では世界的な人気を持つ寿司文化の重要な柱となっています。

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