
🍣 握り寿司前夜「早ずし」と関西の寿司
Ⅰ. 江戸時代中期:「早ずし」の誕生と「酢」の役割
室町時代に米飯も一緒に食べるようになった「生なれずし」は、まだ発酵を伴うため、提供までに時間がかかりました。寿司が保存食からさらに一歩進んで、**すぐに食べられる「即席料理」**へと変貌を遂げたのが、**江戸時代中期(1700年代前半頃)**です。
| 時代 | 寿司の形態 | 革命的な変化 | 意義 |
| 江戸時代中期 | 早ずし(はやずし) | 米酢の一般化 | 発酵を完全に省略し、飯に酢と塩で味付け。これにより、数日〜数週間待つことなく、すぐに提供が可能になった。 |
この「早ずし」の誕生により、寿司は長期保存の必要性から解放され、味やスタイルを楽しむ嗜好品としての地位を確立しました。この技術革新は、のちに江戸で「握り寿司」が生まれるための基盤となります。
Ⅱ. 関西で花開いた「早ずし」の文化
江戸時代中期以降、「早ずし」の文化は特に関西地方で独自の進化を遂げ、現在にも残る美しい形の寿司を生み出しました。これらは総称して**「箱ずし」や「押し寿司」**と呼ばれ、大阪寿司の愛称でも親しまれています。
| 形態 | 別名/地域 | 特徴 | 代表的な寿司 |
| 箱ずし | 大阪寿司 | **木型(押し箱)**に酢飯と具材を詰め、強く押して成形する。見た目が華やかで崩れにくく、持ち運びや出前にも適していたため、江戸時代中期には江戸でも人気の主流だった。 | 小鯛の雀ずし、**バッテラ(鯖)**など。 |
| 棒ずし | 各地 | 魚の切り身を棒状の酢飯の上に広げ、竹皮などで巻いて形を整え、重石で押す。押すことで味が締まり、米とネタが一体化する。 | 鯖の棒ずし、鮎の押しずしなど。 |
これらの寿司は、職人の手の技術だけでなく、木型や重石といった道具を使って作られ、芸術品のように美しく完成された姿が特徴です。特に大阪では、賑やかな町人文化の中で、見た目も華やかな箱寿司が発展しました。
Ⅲ. 江戸の寿司屋の登場(握り寿司前夜)
江戸の町においても、「早ずし」の登場により寿司屋が開店し始めます。
- 初期の店: 貞享年間(1684〜1687年)には、江戸に初めて寿司屋が登場した記録があります。
- 当時の主流: この頃の江戸の寿司は、まだ関西から伝わった**「箱ずし」や「押し寿司」が主流でした。これらはケーキのように切り分けて提供**される、大きなものでした。
- 背景: 当時の江戸の町は、人口増加と大消費地化が進み、早く簡単に食べられる食事が求められ始めていました。この需要の高まりが、わずか数十年後に「握り寿司」という革新的なスタイルを生み出す土壌となっていきます。
次の記事では、いよいよこの江戸の地で誕生し、世界の「SUSHI」のイメージを決定づけた**「握り寿司」の歴史**を詳細に追います。


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