
🍣 寿司の起源「なれずし」の時代
Ⅰ. 紀元前:寿司のルーツは東南アジアの「保存食」
私たちが現在「寿司」と呼ぶ料理は、その原型を遥か昔、日本国外の文化に持っています。
| 時代 | 地域 | 寿司の形態 | 役割・目的 |
| 紀元前4世紀頃 | 東南アジア(メコン川流域) | **熟鮓(なれずし)**の原型 | 冷蔵技術がない時代、魚を長期保存するための知恵。 |
魚を塩漬けにした後、炊いた米飯に漬け込んで密閉し、乳酸発酵させるこの製法は、魚の腐敗を防ぐと同時に、独特の酸味と旨味を生み出しました。この時代の「なれずし」は、米はあくまで発酵を促すためのものであり、魚だけを食べるのが一般的でした。
また、紀元前5〜3世紀の中国の字典『爾雅(じが)』には、魚を塩漬けにして発酵させた塩辛のようなものを指す「鮨」という文字が登場しており、この保存食文化がアジアで広く存在していたことがわかります。
Ⅱ. 奈良時代:日本への伝来と「高貴な食べ物」への定着
この熟鮓の製法は、中国を経由して日本に伝わりました。
- 伝来時期: 奈良時代頃
- 初期の役割: 貴重な保存食として、朝廷への**貢物(神饌)**としても献上されていました。
- 特徴: 当時、内陸部の地域では特に淡水魚(湖や川で獲れた魚)が使われました。平安時代の法典『延喜式』にも、近江(滋賀県)の「なれずし」に関する記述が残っています。
【今に伝わる最古の寿司:鮒ずし】
現在の滋賀県に伝わる**「鮒ずし(ふなずし)」は、この古代の製法を最もよく伝えているとされる郷土料理です。琵琶湖のフナを長期塩漬けにした後、米飯とともに本漬けにして長期間発酵させるもので、独特の風味と酸味が特徴です。かつては滋養作用が高いとされ、特に母乳の出を良くする**として重宝されていました。
Ⅲ. 室町時代:ご飯を食べる「生なれずし」の登場
長い間、なれずしは「魚を食べるための保存食」であり、米飯は捨てられていましたが、時代が下るにつれ、食文化に大きな転換期が訪れます。
- 新しい形態: **「生なれずし(なまなりずし)」や「半なれ」**と呼ばれる寿司が誕生。
- 特徴: 発酵期間を短縮することで酸味を抑え、漬け込んだ米飯も魚と一緒に食べるようになりました。これは、貴重な米を捨てるのを惜しんだ庶民の工夫が発端とも言われます。
- 文化的地位: 生なれずしは、室町時代から戦国時代にかけての高級な食べ物となり、茶席での献立にも登場。織田信長や豊臣秀吉もこの生なれずしを食した記録が残っています。
この「生なれずし」こそが、魚とご飯を一緒に食べるという、現代の寿司の基本的なスタイルにつながる大きな一歩であり、後の「押し寿司」や「箱寿司」の原型となりました。この時代を経て、寿司は単なる**「保存食」から「嗜好品」**へと、その役割を大きく変えていくことになります。
次の記事では、握り寿司誕生の前夜、酢が主役となる「早ずし」の時代と、関西で発達した寿司文化について詳しくご紹介します。

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